ならぬことはならぬものです(ツアー③)

眼前にたたずむ、鶴ヶ城!
はたして、いかに!!

・・・
・・・

さて、鶴ヶ城に入る前に、
ちょっとおさらい。

元々この鶴ヶ城は

会津の領主となった蒲生氏郷が初めて、
7層の天守閣を設けたんだそうです。

その後、加藤明成は天守閣を5層に改め、
保科正之が会津23万石の藩主となりました。
保科はのちに松平姓を名乗り、
若松城は松平の居城なったということだそうです。

結構伊達藩が1年くらい所有してたりと
激動のお城だったようです。

戊辰戦争では籠城し、
薩摩・長州・土佐藩など全国の兵を相手砲撃は激しく
これにて開城したとのこと。

明治に入ってから、
官軍ではではないため、陸軍省に破壊されますが
昭和に入ってから復元されて今の形になったのだそうです。

会津に始まったことではなくて、
賊軍の汚名をもらった、城はことごとく破壊されたわけですよね。

さて、中へ入るといきなり
物産コーナー・・・

うそーん!!
なんでこんな商売根性だしてんの?w
むかしとちがうぞ・・・
ウオイ!オイ!

まあ、いいか、とおもい、足を進める。

目の前に現れたのは、
重要文化財に指定されている、刀がおいてありんした。

銘を見てみると吉房とあります。
製造元は備前とあります。
(ふるいもののようで拵えはありませんでした。)
備前といえば、備前長船で有名ですが
ちと正直ピンとこなかったので^^;

ほー、これはさぞ有名な刀なのだろうと
しらベて見ました。

吉房:

吉房は、鎌倉時代中期、
備前国福岡一文字派の巨匠で華やかな丁字乱を焼いて有名である。
地刃に同派の作風をよく表している

で、調べてみるとこれ、すごいものが続々と出てきて・・・

うし!こいつああ大そうな刀なんだなと判明
(そらそうだろ!指定されてる文化財だしw)

ということで、
奥へ(上へ)どんどん進みます。
昔来たとときよりもなんか、だいぶキレイな感じになっていて
新鮮でした。


会津といえば白虎隊で有名ですが、
実はこれ、ちゃんと4神の名前の部隊がちゃんとあったわけです。

その存在は知っていましたが、
年齢順に、若い方から、

白虎隊 青龍隊 玄武隊 朱雀隊 となっていたのは知りませんでした。

てっきり、玄武が一番年長かなとおもっていたのですが。。。

ちなみに白虎隊の年齢構成は16-7歳で構成されています。
勘違いとはいえ、
飯盛山で自刃した若者たちはさぞかしむねんだったんだろうとおもいながらも
奥へ(上へ)進みます。

つきました天守閣
方角が書いてありますが、ここは全ての方角に
北(玄武)とかってかいてあってかっこいい。
むかしはこれなかったよね?

と、まんきつしたのち、
茶室の麟閣にてお茶を・・・

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うまい!
寒いから余計にうまい!!

まいうー!!
最高にうまい!
うますぎる!!

さあ、いくぞ、ラストスパート

次回最終回

日本屈指の藩校「日新館」へごおおおおおおおおおお!
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by Takaoheart | 2006-12-12 12:19 | 時勢